Yukiko Yanagida's blog

柳田由紀子(やなぎだゆきこ)=むかし編集者、いまノンフィクション作家、在ロサンゼルス。最新刊『宿無し弘文ースティーブ・ジョブズの禅僧』(集英社文庫)で第69回日本エッセイストクラブ賞。米国人の夫と二人暮らし。家事もけっこう真面目にやってます。オフィシャルサイト=www.yukikoyanagida.com

コロラド州グレンウッド温泉は、エメラルドな千人風呂

 米鉄道の中でも絶景列車の誉れ高い「カリフォルニア・ゼファー号」(Zephyr=西風、微風)。その中でもとびきりの山岳ルート、ソルトレイクシティ〜デンバー間のほぼ中間にあるのが、ロッキー山脈の麓にある「グレンウッド温泉駅」です。

グレンウッド温泉
photo: courtesy of Glenwood Hot Springs Lodge

 今日は「カリフォルニア・ゼファー号」の旅をちょっと寄り道。”列車&温泉”という、日本人が大好きなものが2つも揃った桃源郷を紹介します。  

 グレンウッド温泉の歴史は、太古に遡ります。ネイティヴアメリカンのユテ族が、「ヤンパ」(偉大な薬)と呼んでこの湯を慈しみ育てました。一大リゾートに発展したのは1885年。米国人鉱山エンジニア、ウオーター・デブローが、川の流れさえ変える大工事を施し温泉館をオープン。また、1904年にはデンバー・リオグランデ・ウエスタン鉄道も開通、グレンウッド温泉駅は湯治客で溢れたといいます。

グレンウッド温泉/歴史写真

         photo: Denver Public Library; Western History Photo Collection

 グレンウッド温泉を名湯たらしめているのは、なんといっても泉質です。摂氏51度の温泉が、コロラド川の両岸に毎日9200klも湧出します(ヒッピーが岩を積み、独自に露天風呂にしている所もけっこうあるそう)。

グレンウッド温泉

 これが源泉池。泉質名は、日本の温泉法にしたがえば「含鉄ーナトリウムー塩化物泉」。  

 とにかくナトリウム(6900mg@1l)と塩素(同11000mg)がめちゃくちゃ濃く、温泉に入った翌日に指を舐めるとまだしょっぱいほどです。この濃さは、“塩の湯”として有名なオーストリアの「バート・イシェル温泉」に勝るとも劣りません。だから、肌の弱い人は入浴後、シャワーで温泉を流した方がいいかも。それに、初日からかっ飛ばして入浴すると湯あたりしちゃうので要注意です。  

 他にも総鉄、硫酸塩、炭酸水素塩、リチウム、ホウ酸が豊富なグレンウッドの湯は、冷え性、貧血、切り傷に適応性あり。なお、源泉池が青いのは、含有物質のひとつメタケイ酸(Silica/32mg@l)がコロイド状になり、そこに光が当たり青い光を散乱させているからだと思われます。

グレンウッド温泉

 グレンウッド温泉が名湯と称されるいまひとつの所以は、約150年の歴史がある露天の千人風呂。それも2つもある。かたや40度〜42度の「熱めの湯」(写真上)、こなたフットボール場に匹敵する広さの「ぬるめの湯」(摂氏32度〜34度)。  

 2つの湯ともに、美しいエメラルドグリーンのにごり湯が巨大風呂を満たしています。「熱めの湯」は、真ん中辺りと浴槽の端からぼこっぼこっとひっきりなしに温泉が湧いて、そこに行くと熱(あつ)湯好きな私でさえ熱く感じました。ぬるいお湯が多いアメリカにあって貴重な存在です。

グレンウッド温泉

「ぬるめの湯」(端にラップスイム専用レーンあり。夏期にはウォータースライダーも)。

「熱めの湯」「ぬるめの湯」ともに水着着用、裸厳禁なのが残念ですが、この広さは実に爽快。こんなに広い露天の千人風呂、他にハンガリー、ブタペストの「セーチェニー温泉」しか私は知りません。なお、茶色の建物は、ウィーンの建築家、セオドア・フォン・ローゼンバーグの手になる豪奢なバスハウス(1890年〜)。現在はエステ楝(Spa of the Rockies)になっています。

グレンウッド温泉

 千人風呂の横にある飲泉所。底からぽこぽこと温泉が湧く。かつては長距離列車の食堂車で、ボトル入り温泉水が販売されたことも。

 温泉分析表を見ればわかるように、鉄分(総鉄)も60mg@1lと大変多く、日本では療養泉「含鉄泉」に属します。含鉄泉は希少で、兵庫の名湯、有馬温泉(金の湯)がこれにあたります。ただし、グレンウッドでは源泉をそのまま使用していません。まず、コロラド州の規則で源泉を濾過(おそらく鉄分の多くはこれで失われてしまう。だから有馬の「金の湯」のような茶色ではない)。その後、ホテルの裏山から清水を混入、温度を下げてから千人風呂に注いでいます。したがって、「熱めの湯」の方が成分が濃いです。

グレンウッド温泉

 それから、これまた残念なことに、やはり州の規則で塩素も混入。でも、最小限に抑えるために「オゾンフィルターを導入」(広報)とのこと。日本とは法律が異なるので仕方ありませんね。さらに、一部温泉も循環。それでも、「1日に3回、温泉を総入れ替えしている」(広報)ので鮮度は保たれているし、こんな風に手を加えてもまだ“濃厚”なのだから、いかに源泉が凄いかを物語るというもの。

 さてここで、当温泉地の一軒宿、千人風呂を所有するグレンウッド・ホットスプリングス・ロッジについて少々。
グレンウッド温泉

 ゆったりとしたツインルームには、セーフティボックス、冷蔵庫、コーヒーメーカー、液晶テレビ、電子レンジ、無料インターネット&WiFi接続などなど。テラスもあり、左右に山、そして前方に千人風呂の湯煙りが見える(テラスについては予約時に確認してね)。

グレンウッド温泉

 バスルームには、同じコロラド州ボールダーのオーガニック・ブランド「Zents」のシャンプー、リンス、石鹸、ローション。タオルもたっぷりあってうれしかったな。

 このホテル、サービスが行き届いています。たとえば、到着の3日前に予約確認の電話がありました。日本の高級旅館ならまだしも、こんなホテル、アメリカではまずありません。ホテルの前身は、カジノとローマ風浴場を兼ねた一大リゾート(1885年〜)。訪問客には、『OK牧場の決闘』で有名なドク・ホリデイや副大統領時代のセオドア・ルーズベルトの名も。その後千人風呂を造り、第二次大戦中は海軍療養所として使用されました。現在の形で、宿泊施設のグレンウッド・ホットスプリングス・ロッジがオープンしたのは1986年です。

グレンウッド温泉

 プールサイドのボードで顔ハメ写真。昔、女子はこんな水着を着ていたらしい。背景の建物は現エステ棟。浴場は露天の千人風呂のみ。館内に浴場はなく”露天千人”一点張りの潔さ。

グレンウッド温泉

 夜の「熱めの湯」。浴槽のへりに横たわると、じゃかじゃかと惜しみなく温泉が流れて、じんわりと温かく気持ちいい。これぞ岩盤浴。ずっといたい、帰りたくない!

グレンウッド温泉

 旅立ちの朝は目覚めれば雪。千人風呂が、常以上にもくもくと湯煙りを立てホワイトアウト。そこにさっと風が吹き、湯煙りの隙間から雪を被った山々が。

グレンウッド温泉

 なんてゴージャスな雪見温泉・イン・グレンウッド。日本に負けず劣らずの名湯ここにあり。 

カリフォルニア・ゼファー号 

 2泊3日後、午前11:30、ロッジ出発。名残惜しいけれど、次なる楽しみ、米鉄道最強の絶景ルート、グレンウッド温泉駅〜デンバー駅区間が待っています。発車時刻はお昼の12:10。プラットフォームに立つと、線路の向こうに温泉の湯煙りがもくもくと空を満たし、硫黄の香りが漂っていました。

Glenwood Hot Springs Lodge
住所: 415 East 6th St., Glenwood Springs, CO 81601
電話: 970-947-2955, 970-945-6571
時間:千人風呂=オンシーズン7:30am〜10:00pm
オフシーズン9:00am〜10:00pm
料金:千人風呂=オンシーズン平日$18.75
週末$20.25、オフシーズン$15.25
ロッカー代$0.50(小銭を忘れずに)
宿泊客は入湯料無料
チェックアウト後も夜10時まで無料
料金:ホテル(含朝食、ツイン)=オフシーズン平日$159.00〜
週末$179.00〜、オンシーズン$259.00〜
アムトラック、グレンウッド温泉駅徒歩10分
駅から車の送迎あり
エステ各種あり。詳細は以下のHPで

 追記:残念なのは、ホテルに夕食用レストランがないこと(朝、昼はプールサイドに軽食レストランがオープン)。そこで、ホテルの目の前にある橋を渡ってすぐの7th Streetに行きました。この通りは、グレンウッド温泉駅があるメインストリートで、周囲にたくさんのレストランやバーあり(かつては、売春宿や賭博場が30軒もあったとか)。写真は、The Pullman‪(330 7th St, Glenwood Springs‬/phone: 970-230-9234)の地元マスのグリル($20.00)。このお店、ワインに力を入れています。

グレンウッド温泉
「カリフォルニア・ゼファー号」で行くソルトレイクシティ〜デンバー①
「カリフォルニア・ゼファー号」で行くソルトレイクシティ〜デンバー②