日系アメリカ人
7年ぶりに「マンザナ日系人収容所」跡地を再訪。続々と戦中の建物が復元されていて驚きました。そのせいか、見学者も多かったし、観光バスも停まっていました。初めてここを訪ねたのは、20年以上前。石造りのゲートと慰霊碑、古ぼけた体育館以外、ただの荒…
「勤勉」「忍耐」「節約」。そんな日本人の徳目を日々実践、アメリカの荒野に大輪の花を咲かせて「キング」と呼ばれた男たちがいた。日米開戦で明暗を分けながらも、日本人移民史にその名を刻んだ「キング」たち——その夢の跡。(「週刊新潮」2011年12月8日号…
カナダに近いミネソタ州の首都はセントポール。この街の「フォート・スネリング」には、第二次世界大戦時、米陸軍情報部(MIS)の語学学校がありました。そして、この学校に通った兵士の大半は、日系アメリカ人二世でした。『二世兵士 激戦の記録』の著者が…
1848年、カリフォルニア州都、サクラメント近くのコロマで金が発見されました。その土地は、現在、「マーシャル・ゴールド・ディスカバリー州立公園」になっています。20以上の歴史的建造物を保存、復元しており、アメリカ史好きにはたまりません。
アメリカに移住した日本人第一号は誰だったのか? 今月、カリフォルニア州のある農園跡地で、会津移民団の入植150周年を記念するイベントが開催された。第一号は彼らだったのか? アメリカ在住の著者が、イベント当日に現地を訪ねリポート。
「マンザナ戦時下日系人強制収容所」跡地を訪ねました(カリフォルニア州)。かつて800あった建物の内、現在修復・復元されているのは、体育館、バラック住居、食堂などおよそ5棟。復元された建物や展示物を紹介します。
夫の実家があるので、ミネアポリス(ミネソタ州)にはしばしば行きます。ミネアポリスのお隣はセントポール。私は常々、そこにある「フォート・スネリング」を訪ねたいと思っていました。なぜなら、第二次世界大戦時に米陸軍情報部(Military Intelligence S…
「週刊新潮」2011年12月8日号より転載/文・柳田由紀子 「勤勉」「忍耐」「節約」。そんな日本人の徳目を日々実践、アメリカの荒野に大輪の花を咲かせて「キング」と呼ばれた男たちがいた。日米開戦で明暗を分けながらも、日本人移民史にその名を刻んだ「キ…
♪行こかメリケンよー 帰ろか日本 ここが思案の ハワイ国 その昔、ハワイのプランテーションで日本人移民が作った唄に、『ホレホレ節』という哀愁に満ちた民謡があります。ホレホレとは、ハワイ語で砂糖キビの枯葉を取り除く作業のこと。この唄には、労働、日…
ハワイは、日系アメリカ人がとても多い。 最初に日本人労働者がハワイに到着したのは、1868年のこと。この年が明治元年だったため、彼らは「元年者」と呼ばれました。以来、脈々と流れるハワイ日系移民の歴史を紹介する小さな博物館が、オアフ島にある「ハワ…