Yukiko Yanagida's blog

柳田由紀子(やなぎだゆきこ)=むかし新潮社の編集者、いまノンフィクション作家、在ロサンゼルス。『宿無し弘文ースティーブ・ジョブズの禅僧』(集英社文庫)で第69回日本エッセイストクラブ賞。「文藝春秋・電子版」にて、伝記「誰も知らないジャニー喜多川」連載開始。米国人の夫と二人暮らし。家事もけっこうまじめにやってます。

日系アメリカ人

「マンザナ日系人収容所」跡地は、続々と復元中。

7年ぶりに「マンザナ日系人収容所」跡地を再訪。続々と戦中の建物が復元されていて驚きました。そのせいか、見学者も多かったし、観光バスも停まっていました。初めてここを訪ねたのは、20年以上前。石造りのゲートと慰霊碑、古ぼけた体育館以外、ただの荒…

アメリカで「キング」と呼ばれた日本人(「週刊新潮」2011年12月8日号より転載/文・柳田由紀子 )

「勤勉」「忍耐」「節約」。そんな日本人の徳目を日々実践、アメリカの荒野に大輪の花を咲かせて「キング」と呼ばれた男たちがいた。日米開戦で明暗を分けながらも、日本人移民史にその名を刻んだ「キング」たち——その夢の跡。(「週刊新潮」2011年12月8日号…

二世兵が学んだ米陸軍情報部語学学校、ミネソタ州の「フォート・スネリング」を訪ねる

カナダに近いミネソタ州の首都はセントポール。この街の「フォート・スネリング」には、第二次世界大戦時、米陸軍情報部(MIS)の語学学校がありました。そして、この学校に通った兵士の大半は、日系アメリカ人二世でした。『二世兵士 激戦の記録』の著者が…

黄金ラッシュの夢の跡:「マーシャル・ゴールド・ディスカバリー州立公園」を訪ねる。

1848年、カリフォルニア州都、サクラメント近くのコロマで金が発見されました。その土地は、現在、「マーシャル・ゴールド・ディスカバリー州立公園」になっています。20以上の歴史的建造物を保存、復元しており、アメリカ史好きにはたまりません。

「カリフォルニア若松コロニー」150周年に考える:日本人のアメリカ移民第1号は誰?

アメリカに移住した日本人第一号は誰だったのか? 今月、カリフォルニア州のある農園跡地で、会津移民団の入植150周年を記念するイベントが開催された。第一号は彼らだったのか? アメリカ在住の著者が、イベント当日に現地を訪ねリポート。

真珠湾攻撃の〈終着駅〉、「マンザナ日系人強制収容所」(カリフォルニア州)を訪ねる

「マンザナ戦時下日系人強制収容所」跡地を訪ねました(カリフォルニア州)。かつて800あった建物の内、現在修復・復元されているのは、体育館、バラック住居、食堂などおよそ5棟。復元された建物や展示物を紹介します。

二世兵が学んだ米陸軍情報部語学学校、ミネソタ州の「フォート・スネリング」を訪ねる

夫の実家があるので、ミネアポリス(ミネソタ州)にはしばしば行きます。ミネアポリスのお隣はセントポール。私は常々、そこにある「フォート・スネリング」を訪ねたいと思っていました。なぜなら、第二次世界大戦時に米陸軍情報部(Military Intelligence S…

アメリカで「キング」と呼ばれた日本人

「週刊新潮」2011年12月8日号より転載/文・柳田由紀子 「勤勉」「忍耐」「節約」。そんな日本人の徳目を日々実践、アメリカの荒野に大輪の花を咲かせて「キング」と呼ばれた男たちがいた。日米開戦で明暗を分けながらも、日本人移民史にその名を刻んだ「キ…

『ホレホレ節』が聴こえるーー「ハワイ・プランテーション・ヴィレッジ」

♪行こかメリケンよー 帰ろか日本 ここが思案の ハワイ国 その昔、ハワイのプランテーションで日本人移民が作った唄に、『ホレホレ節』という哀愁に満ちた民謡があります。ホレホレとは、ハワイ語で砂糖キビの枯葉を取り除く作業のこと。この唄には、労働、日…

どこか懐かしい気持ちになるーー「ハワイ日本文化センター」

ハワイは、日系アメリカ人がとても多い。 最初に日本人労働者がハワイに到着したのは、1868年のこと。この年が明治元年だったため、彼らは「元年者」と呼ばれました。以来、脈々と流れるハワイ日系移民の歴史を紹介する小さな博物館が、オアフ島にある「ハワ…