Yukiko Yanagida's blog

柳田由紀子(やなぎだゆきこ)=むかし編集者、いまノンフィクション作家、在ロサンゼルス。最新刊『宿無し弘文ースティーブ・ジョブズの禅僧』(集英社文庫)で第69回日本エッセイストクラブ賞。米国人の夫と二人暮らし。家事もけっこう真面目にやってます。オフィシャルサイト=www.yukikoyanagida.com

大企業も参入で、米マリファナの「陽の当たる坂道」

この記事は、昨年の今ごろ、ある雑誌のために書いたものです。しかし、掲載直前にコロナが発生。マリファナどころじゃないということで、いわゆる「お蔵原稿」になりました。今、読み返すと、一年前のアメリカはたいそう呑気でした。しかし、この一年の間に、記事に出てくる高級百貨店、ニーマン・マーカスもバーニーズ・ニューヨークも経営破綻してしまいました。こんな時代もあったということで、「マリファナの記録」として掲載します。

マリファナの写真

 photograph/ courtesy of Barneys New York

あの老舗高級店も! 「プレミアム・マリファナ」という新開地

「こんなに立派になっちゃって」
 私は、目の前のマリファナ製品に向かってひとり話しかけていた。
 その時、私がいたのは、高級百貨店「ニーマン・マーカス」のサンフランシスコ店。高い天井が豪奢な同店1階フロアには、シャネルやルイ・ヴィトンなど世界の一流ブランドが出店しているが、マリファナ製品は、そんなフロアのほぼ中央に、健康的かつ洗練された装いでディスプレイされていた。そこにはもはや、「マリファナ=アウトロー&悪」の方程式はなく、マリファナが、まるで「陽のあたる坂道」を闊歩しているかのようだ。
 ニーマン・マーカスは1907年創業の老舗で、同社がマリファナ製品を扱い始めたのは約1年前。現在は、全米5店舗とオンラインで、美容液や石鹸、リップクリーム他、マリファナ成分を含有するビューティ・プロダクトを販売している。

 マリファナ業界の分析・コンサルタントに従事する「ブライトフィールド・グループ社」のアンディ・シーガー氏が解説する。
「マリファナ——私たちは、学名のカンナビスと呼びますが——の高級化は、この数年新たに現れた現象で、約70億ドル(7700億円)といわれる全米マリファナ関連商品、年間総売上げの1割弱を占めます。当社では、この分野は今後も成長すると予測します。なぜなら、アメリカでは年々カンナビスの解禁州が増加。これにしたがい、消費者の裾野が広がり、他のあらゆる消費財同様マリファナにも階層化が生じ、富裕層を中心にプレミアム品が求められるようになったからです」
 ニーマン・マーカスに鎮座する「陽のあたるマリファナ」たちは、まさにこの「1割」の「プレミアム品」だったのである。そうはいっても、厳しい「大麻取締法」のもと、マリファナの有害性を啓蒙されてきた(私を含む)日本人にはピンとこない話だろう。

マリファナ製品の写真マリファナ製品の写真マリファナ製品の写真

 米高級百貨店、ニーマン・マーカスが販売したマリファナ成分入り製品。左より、高級美容液(148ドル)、ボディローション(60ドル)と石鹸(18ドル)。photographs/ courtesy of Neiman Marcus

 ここで少し、アメリカのマリファナ事情を整理しておきたい。
 マリファナは、使用目的によって〈医療用〉と〈嗜好用〉に大別される。現在アメリカでは、首都のワシントンDCと33州が〈医療用マリファナ〉を、また、やはり首都と11州が〈嗜好用マリファナ〉を合法としている(詳細は↓記事参照)。
 ただし(ここが少々ややこしいのだが)、アメリカには「連邦法」と「州法」が並立し、全米に通じる連邦法は、マリファナを〈医療用〉〈嗜好用〉を問わず違法と定めている。このため、ニーマン・マーカスの取扱い商品もマリファナそのものではなく、マリファナの一部成分を含有するものにとどまる。表現をかえれば、法のグレーゾーンを上手に泳いでいるといったところだ。 

 さて、マリファナのプレミアム化といえば、やはり老舗の高級衣料品店、「バーニーズ・ニューヨーク」の試みも記憶に新しい。同社が、その名もずばり「ザ・ハイエンド」なる高級マリファナ関連製品のコンセプトショップを、ビバリーヒルズ店内とオンラインショップ内に設けたのは、ニーマン・マーカスとほぼ同時期の昨年3月。
 私が、ビバリーヒルズ店を訪ねたのは、ザ・ハイエンドがオープンした直後のことだった。ザ・ハイエンドは、建物の最上階フロアの一隅、8.5坪のスペースに、文房具コーナーといった構えで静かに佇んでいた。
 端正に陳列されたマリファナ成分入りのチョコや美容液、マリファナをモチーフにしたアクセサリーなどをひととおり眺めた後で、ガラスケースの中を覗くと美しい巻紙が目についた。乾燥マリファナを包む紙で、煙草のように巻いた形状になっている。
「フランスの製紙工房、デヴァンベ社の巻紙です。同社の歴史は19世紀初頭に遡り、ピカソやモジリアニの御用達でもありました。デヴァンベ社は、2年前からマリファナ専用巻紙を手がけています」
 スタッフが、ソフトタッチに語りかける。
「それで、いったいおいくらなんですか?」
「20本セットが560ドルでございます」
 560ドル……日本円にして6万円強……1本あたり約3,000円。たったの数分で燃えつきてしまう巻紙に3,000円。なんと! 

「なにせ、シャンパーニュ地方の上等なヘンプ草を原料にしておりますから。フィルター部分に社名が透かし印刷されてございましょう? ベジタブル・インクを使用しております。ですから、火を点けても紙の臭みがしないんです」
 アメリカの金持ちは、こんなスノッブな巻紙でマリファナを吸っていたのか。なかば驚き、なかばあきれて隣の棚に目を移したら、エルメスの小さな骨董灰皿に940ドル(約10万円)の値札がついていた……。

マリファナ製品の写真マリファナ・ショップの写真

 左)20本セットが、日本円にして6万円強のマリファナ紙巻きセット。右)米高級百貨店、バーニーズ・ニューヨーク、ビバリーヒルズ店内の高級マリファナ関連製品のコンセプトショップ、「ザ・ハイエンド」。 photographs/ courtesy of Barneys New York

マリファナの高級化は嗜好用? 医療用?

 ニーマン・マーカス同様、ザ・ハイエンドでもマリファナ自体は販売していなかった。しかし、カウンターで注文すれば「マリファナ薬局(ディスペンサリー)」を通じて配達するシステムを構築していて、その点、ニーマン・マーカスより一歩踏み込んだ内容だった。当時、バーニーズ・ニューヨーク社広報のブリジット・ティモンズ氏は、
「カンナビスは、すでに私どもの顧客のライフスタイルの一部。人々が求めるのは、カンナビスによるリラックスした快適な時間です。ですが、従来は、お客様が真にリラックスできる高品質でお洒落な品が不足していた。当社は、そのニーズにかなう商品を世界中から探し、また開発した。今後は、他店舗でもザ・ハイエンドを展開する予定です」
 と語っていたが、実は同社、その後の8月に経営破綻を余儀なくされている。
 ザ・ハイエンドの去就について、先のブライトフィールド・グループ社、アンディ・シーガー氏はこう分析した。
「大手小売店として初めてカンナビス・ビジネスに参入したバーニーズの試みは、ネットに押された本業の不振が足を引っ張る格好で終わってしまいました。しかし、宣伝効果の点では成功したんですよ。『あのバーニーズが、カンナビスを!』と、世界的な注目を集めましたからね」
 ところで、これらの老舗に見られるマリファナの高級化は、主に〈嗜好用〉を対象としたものだが、〈医療用〉にも同じ波は及んでいるのだろうか?
 シーガー氏の説明を聞こう。
「〈嗜好用〉ほどには進んではいません。患者にとって、最も大事なのは症状に効くかどうか。プレミアムか否かは二の次だからです」
〈医療用マリファナ〉には、マリファナそのもの、マリファナの成分を抽出しオイル状にしたもの、マリファナの合成成分を含む薬剤などがある。先述のように、マリファナは連邦法で違法なので医療保険が適用されるのは、米食品医薬局(FDA)が認可したごく一部の薬品に限られる。長期間にわたる継続的な服用が必要な患者たちにとっては、こうした保険事情も「プレミアム・マリファナ」を遠ざける一因になっている。
「とはいえ」
 と、シーガー氏が続ける。
「オーガニック栽培など、高品質な〈医療用マリファナ〉の需要が高まっているのもまた事実です」

マリファナショップの写真
 著者の家の近所にできたマリファナ薬局(ディスペンサリー)。高級感ありありだ。photograph/ Yukiko Yanagida
 
プレミア・マリファナと一般マリファナの価格差

  では、プレミアム・マリファナと一般マリファナの間には、どれほどの価格差があるのだろう?
 私は試しに、近所のマリファナ薬局を訪れてみた。この薬局は、ロサンゼルス郊外にある拙宅から車で5分。近隣者が毎日のように通うスーパーの前、スターバックスから一軒おいた隣という健全な地区に、最近になって開業したものだ。スーパーやスターバックスの目と鼻の先なんて、これもまた日本では考えられないことだが、ロサンゼルスがあるカリフォルニア州のようにマリファナ合法の歴史が長い地域では、すでに珍しくもない光景である。
 州法にしたがい、身分証明書を提示し21歳以上であることを証明した上で中に入ると、「バッドテンダー」と呼ばれるマリファナのソムリエ(アメリカにはそういう職業がある)が親切に対応。プレミアムと一般のマリファナの違いを説明してくれた。
 写真下のマリファナをご覧いただきたい。
 右がオーガニック、有機栽培で丁寧に育てられたマリファナで、蕾が大きくよく生育しているのがわかる。一方、農薬を使用し大量生産されたのが左で、右に較べて蕾がずいぶんと貧弱だ。

マリファナの写真

 右が、有機栽培のマリファナ。蕾がよく生育している。左は、農薬使用で大量生産されたマリファナ。蕾が貧弱だ。価格差は、3.5グラムで5,000円にのぼる。

 値段の方は3.5グラムで、右が60ドル(約7,000円)、左が17ドル(約2,000円)。3.5グラムは、癌患者が鎮痛目的で1週間に消費する一般的な量だという。すると、一般とプレミアムでは、月あたり2万円、年間で24万円もの差が生じてしまう。なるほど、患者にとっては決して無視できない価格差である。私などは、嗜好目的の人々よりも、患者たちにこそ安全で質のよいマリファナが届くといいのにと思うのだけれど。
 米大手企業が、マリファナの栽培自体に携わる事例は未だ見られない。しかし、老舗高級小売店がプレミアム・マリファナ分野に参入するかたわら、大手ドラッグストアやスーパーは、一般価格帯のマリファナ製品に触手を伸ばし始めている。

 次回はその動向をリポートしたい。